インボイス制度でクリエイターの本名がファンにバレる?媒介者交付特例のしくみを解説。
質問
私はペンネームで活動しているクリエイター(イラストレーター)です。インボイス制度で「本名がバレる」可能性があるというのは本当ですか?
回答
はい。
2023年10月からスタートするインボイス制度では,インボイス事業者の登録情報の公開が義務づけられています。
クリエイターにお仕事を依頼した法人・個人事業主は,請求書に記載されたインボイス登録番号を「公表サイト」で検索することで,登録情報を閲覧することが可能です。そのため,何らかの方法でインボイス登録番号を手に入れることができれば,「公表サイト」でクリエイターの本名を検索することは可能です。
ただし,個人事業主の場合,基本的に住所は公表されません。 また,インボイス制度の「媒介者交付特例」は,「クリエイターの匿名性を守る」という意味で活用の可能性があると考えられます。
追記:上記の国税庁の「公表サイト」ではインボイス事業者の公表情報を一括でダウンロードできる「公表情報ダウンロード」機能を提供していましたが,2022年9月22日,この機能を一時的に停止しています。
インボイス事業者の登録情報は「公表サイト」で公表される。
2023年10月からスタートするインボイス制度では,インボイス事業者の登録時に申請した情報が「適格請求書発行事業者公表サイト(以下,「公表サイト」という)」で公表されます。
個人事業主の場合,以下の情報の公表が法的に義務づけられます。
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氏名
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登録番号
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登録年月日
個人事業主の場合,住所は基本的に公表されません。以下の情報の公表を希望する場合には,別途,「適格請求発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」の提出が必要です。
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主たる屋号
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主たる事務所の所在地等
インボイス事業者の情報の公表方法

(出所)国税庁「インボイス制度に関するQ&A」(問20)適格請求書発行事業者の情報の公表方法
インボイスに記載が必要な情報とインボイス事業者の義務。
クリエイターがインボイス事業者の場合,インボイス(適格請求書)には,所定の事項の記載が必要です。
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インボイス発行者の氏名又は名称
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インボイス事業者の登録番号
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取引年月日
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取引内容(軽減税率の対象品目である旨)
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税率ごとに区分して合計した対価の額及び適用税率
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税率ごとに区分した消費税額等
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書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
インボイス事業者は,原則として,取引の相手の求めに応じてインボイスを交付する義務と,交付したインボイスの写しを保存する義務が課されます。
インボイス事業者の義務

(出所)国税庁「適格請求書等保存方式の概要―インボイス制度の理解のために―」(令和3年7月)10頁。
クリエイターへの報酬の支払は「源泉徴収」がされるものがほとんどです。
そのため,源泉徴収をする側は,取引にあたって支払調書を作成するためにクリエイターの本名や住所を確認していることでしょう(支払調書は屋号での記載が認められていないため)。
クリエイターにお仕事を依頼した側(源泉徴収をする側)は,発行されたインボイス・インボイス事業者の公表情報・取引の際に取得した情報を突合して,クリエイターがインボイス事業者かどうか確認していくことになるでしょう。
しかし,インボイスの記載事項として氏名とインボイス登録番号の記載が求められ,また,「公表サイト」でクリエイターの本名の公開が義務づけられているため,ファンであっても何らかの方法でクリエイターのインボイス登録番号を手に入れることができれば,「公表サイト」でクリエイターの本名を取得・検索することは可能です。
そのため「クリエイターの本名がバレる」といわれているのです。
制度のあるべき姿とは別の角度で問題が。
確かに,取引の相手がインボイス事業者に登録しているかどうかを確認し把握することは,税の制度を含めたビジネスのしくみとして重要なことです。
しかし,ペンネーム・芸名などの匿名で活動するクリエイター(漫画家・イラストレーター・作家・YouTuber・アーティスト・声優など)も多いクリエイティブ領域の従来の慣習に鑑みると,「クリエイターの匿名性が失われること」は,制度のあるべき姿とは別の角度・見地から影響(デメリット)が生じる可能性があると考えられます。
上記の国税庁の「公表サイト」ではインボイス事業者の公表情報を一括でダウンロードできる「公表情報ダウンロード」機能を提供していましたが,2022年9月22日,この機能を一時的に停止しています。
「媒介者交付特例」の活用。
この「クリエイターの匿名性が失われる」という問題に対して,インボイス制度の特例制度を活用することで,ある程度対応することができます。
この特例制度は「媒介者交付特例」といい,「委託販売」の場合に利用できるインボイス発行方法です。
媒介者交付特例のしくみ

「委託販売」において,所定の要件を満たす場合,「受託者」は自己の氏名(名称)及び登録番号を記載したインボイスを委託者に代わって購入者に交付することができます。
この場合,インボイスに記載されるのは,「委託者」ではなく「受託者」の氏名(名称)及び登録番号です。つまり,「クリエイターの本名がバレる」ことがないのです。
(出所)国税庁資料を基に筆者作成。
クリエイターは自分の作品や活動のしかたにあった販売方法を選択することで,インボイス制度による影響(デメリット)をある程度解消できる可能性があると考えられます。
この点について詳しくは,「クリエイターの本名がファンにバレる?委託販売のインボイス発行方法3パターンとその活用可能性を解説」という寄稿コラムで解説しています。みなさんのお役にたてば幸いです。
書いた人

税理士 Certified Public Tax Accountant
武田 紀仁 Norito Takeda
クリエイターとスモールビジネスを支える税理士。クリエイティブ産業で活動する中小法人や、漫画家・イラストレーター・デザイナー・ものづくり作家などの個人事業主(フリーランス)を対象とした税務・会計・経営アドバイザリーサービスを得意とする。また、自身のもう一つのライフワークとして、文化芸術領域の会計と情報開示についての研究活動も行っている。
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